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大阪高等裁判所 昭和53年(ラ)623号 決定 1979年2月26日

抗告人 和田卓 外一名

相手方 関西電力株式会社

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一、本件抗告の趣旨と理由

別紙記載のとおり

二、当裁判所の判断

(一)  抗告理由一、二について

民訴法一五一条三項によれば、当事者は訴訟記録の謄写を裁判所書記官に請求することができるが、同項にいう訴訟記録とは、特定の事件に関して当事者から裁判所あてに提出される訴状・答弁書・準備書面・書証の写しや、裁判所の作成する口頭弁論調書・証拠調調書・裁判書の原本等、当事者・裁判所の共通の資料として利用されるため、受訴裁判所に保管される書面の総体をいい、訴訟記録は裁判所書記官がこれを保管する(裁判所法六〇条二項)。

ところで、抗告人は、本件磁気テープ(プログラムを含む。以下、本件磁気テープ等という)のように、文書提出命令に基づいて提出された文書(準文書)の原本が訴訟記録に含まれる旨主張するので検討する。およそ文書の提出は、文書の原本・正本または認証謄本をもつてしなければならず(民訴法三二二条一項)、文書の写しをもつてすることができないが、提出者は期日に文書を携行して受訴裁判所及び相手方に提示すればよく、右提示された文書は、裁判所が必要と認め、これを留置(決定)しない限り(民訴法三二〇条)、その後は提出者に返還され、書証申出当事者によつて作成されたその写しが記録に編綴されうるにすぎない(民訴規則三九条)。従つて、文書提出命令によつて提出された文書の原本は、原本提出者の任意の了解により、または受訴裁判所の決定により、その証拠調の前後を通じて受訴裁判所に留め置かれることがあつても、訴訟記録に編綴されることはないから、民訴法一五一条三項にいう訴訟記録に含まれないと解するのが相当である。これを本件についてみるに、一件記録によると、相手方(被告)は文書提出命令に基づき本件訴訟の第三四回口頭弁論期日において本件磁気テープ等を提出し、裁判長はこれを顕出したが、提出者がその保管を移転しない旨述べて持帰り、本件訴訟記録に編綴されておらず、また受訴裁判所の書記官においてもこれを保管していないことが認められるから、本件磁気テープ等は本件訴訟記録に含まれないものというべきである。なお、受訴裁判所においてなされた取寄記録等が受訴裁判所の書記官において保管されている場合、民訴法一五一条一項、三項を類推適用して同書記官に対し、その記録等に編綴されている書類の閲覧・謄写等の請求をし、これが許される場合があるが、この場合は前認定の本件の場合とは異なるから、別論である。従つて、抗告人の主張は失当であつて採用できない。

(二)  抗告理由三ないし五について

受訴裁判所の裁判所書記官は、その保管にかかる訴訟記録の謄写等を許すことができる(民訴法一五一条)けれども、当事者又は第三者が所持、保管する文書の謄写等を許す権限がないことはいうまでもない。従つて、準文書たる本件磁気テープ等が相手方によつて所持、保管されている本件において、受訴裁判所の書記官にその閲覧、謄写等を許す権限がないことが明らかである。のみならず、磁気テープ等の特異性からみて、これを閲覧、謄写するということ自体許され得ないことは次に説示するところにより明らかである。

そもそも、本件磁気テープ等の提出命令の可否について、当裁判所が当庁昭和五二年(ラ)第一二〇号事件につき同五三年三月六日にした決定(高裁民集三一巻一号三八頁)をもつて、本件磁気テープ及びプログラムが一体として民訴法三一二条にいわゆる文書に準ずるものであると判断したのは、磁気テープとプログラムを使用し、磁気テープに適合したコンピユーター装置を用いてその内容をアウトプツトすることにより、紙面等の上に見読可能な文言が顕出され得ることによるのである。かくして見読可能な文言が紙面等の上に顕出され記載されたものが準文書たる磁気テープの写し、またはその内容を顕出した文書の原本そのものとなるのであり、この写しまたは原本が提出され記録に編綴されることにより、はじめて裁判所もこれを判断の資料となし得るのであつて、抗告人らが本件磁気テープ等が文書にあたるとしてその提出を求めた目的もここにあつたと考えられる。磁気テープ等が提出されても、それのみでは当事者も裁判所もなんらこれを役立てることができず、また抗告人が主張するように、磁気テープ及びプログラムそのものを如何に数多く複製して提出してみてもこの理は同一であることが明らかである。のみならず、本件磁気テープには、抗告人らが必要である旨主張した資料のほかに、多数の相手方企業に関する資料がインプツトされており、かつ磁気テープ自体の保管についても十分な設備と細心の注意を払う必要があるのである(この点に配慮して原審が磁気テープを留置する措置を採らなかつたことが窺知される)から、このような磁気テープ自体の複製を行なわせることの必要性がなく、これを行なわせることにより却つて相手方の権利を不必要に侵害するおそれがあるといわねばならない。

そして一件記録によると本件訴訟の第三四回口頭弁論期日において本件磁気テープの内容をプリントアウトして見読可能のものとした文書が、相手方(被告)により、乙D第一二号証の一ないし一四一、第一三号証の一ないし八四、第一四号証の一ないし三一八として提出され、右乙号各証の写しが本件訴訟記録の一部となつていることが認められるが、本件磁気テープ等は前示認定のように裁判所においてはもちろん裁判所外においても裁判所書記官によつて保管されていないのであるから、抗告人らが本件磁気テープ等について謄写-複製-請求権を有しないのはもちろん、裁判所書記官がその監督のもとに謄写人の裁判所外における謄写を許すこともできないというべきであり、またその必要がないことも前説示により明らかである。

なお、抗告人らにおいて、本件磁気テープの収録内容とプリントアウトした文書(前掲乙号各証)の内容とが一致しないこと、またはその疑があることの疑念を抱くのであれば、受訴裁判所に対し本件磁気テープの収録内容をアウトプツトすることについての鑑定を求めるか、若しくは検証を求め、裁判所が適当な補助者を使用しコンピユーターを操作させてアウトプツトされた結果を検証の結果として調書に作成する等の方法を採りうる。そしてこれらの方法が、相手方において磁気テープの内容をアウトプツトした前示のような文書写を提出しない場合における方法であると考えられるが、このことは本件抗告理由についての前示判断を左右するものではない。従つて抗告人の右主張も失当であつて採用できない。

(三)  そうすると、裁判所書記官の事件記録等謄写申請拒否処分に対する抗告人らの本件異議の申立を理由がないとして却下した原決定は結局相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博己 裁判官 吉川義春)

(別紙)

抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、裁判所書記官笠井彰が昭和五三年九月一八日にした民事々件記録等謄写申請の拒絶処分を取り消す。

三、裁判所書記官は抗告人らの昭和五三年九月七日付民事々件記録等謄写申請に対し、これを許可せよ。との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、抗告人らの本件磁気テープ等の謄写請求に対する裁判所書記官の本件拒絶処分を是認し、抗告人らのこの処分に対する異議申立を却下したが、その理由は、要するに、謄写請求の対象は訴訟記録に編綴された訴訟書類に限られるところ、本件磁気テープ等は記録に編綴されていないから本件訴訟記録に含まれず、これに対する謄写請求は許されないということにつきる。

しかし、この原決定の考え方は、あまりにも形式的である。

もし、形式論で論ずるならば、原告らは本件謄写請求を、昭和五三年九月七日に開かれた本訴第三四回口頭弁論期日において、被告が本件磁気テープ等を裁判所に提出したときにこれをなしたのであるから、右磁気テープ等は裁判所書記官の支配下にあり、当然に訴訟記録の一部として取り扱われるべき状態にあつたものである。

二、しかしながら、本件はそのような形式的な観点ではなく、もつと実質的、実践的な立場から判断されねばならない。

もともと原告らが本件磁気テープ等に対して文書提出命令の申立をしたのは、その収録内容を証拠とするためであつた。裁判所もこれを認めて右申立を認容したはずである。

ところが、前記第三四回口頭弁論期日において行われたことは、磁気テープらしきものが法廷に持ち出され、関係者がその外形を見ただけであり、何人もその内容を感得することはできなかつた。

ところで、文書提出命令あるいは送付嘱託により裁判所に提出された文書は、実務上、当事者がこれを謄写したうえ、そのなかから必要なものを通常の文書提出の形式によつて甲号証または乙号証として写とともに提出している(菊井維大=村松俊夫・民事訴訟法II三七五頁)のが通例である。このことによつて何ら支障は生じないし、立証しようとする者が立証に必要と考える部分だけを甲号証または乙号証として提出することは、これを証拠調する裁判所にとつても無駄がなく好都合というべきである。

原告らは、この取扱いは確立した司法慣例であると理解し、本件磁気テープの証拠調べもこの方法によることが最も好都合であるし、また事実上何の支障もないので、本申立に及んだのであつた。

これに対し、原決定は、そのような司法慣例の存在を認めることはできず、提出者の明示または黙示の同意をえて謄写等を行つている事例があるというにすぎないとした。

しかし、我々の知る限りでは、文書提出命令等により裁判所に提出された文書の謄写請求が、これが「訴訟記録」に含まれないとの理由で認められなかつたという例はなく、その謄写請求が許されることは確立しているはずである。

いずれにせよ、原裁判所は、このような従前の例による証拠調べの方式を否定して、いつたいどのような方法で本件磁気テープの証拠調べをするつもりなのか全く理解に苦しむ。

三、次に、原決定は、本件磁気テープ等の謄写を行うとすれば、謄写人が、裁判所外において行うほかなく、裁判所書記官が謄写人の謄写等の監督を行うことは不可能と考えられるから、謄写を許すことは相当でないとしている。

この判断はまことに不可解である。

現代社会においてコンピユーターは随所に設置されており、信用ある謄写人を得ることは極めて容易であつて、たとえそれが物理的に裁判所外であつても書記官の監督が不可能になるなどとは考えられない。

謄写の実行の安全、確実性という点からいえば、現在行われている各種謄写器による書類の謄写よりむしろ容易でかつすぐれているのである。

つまり、「磁気テープ」は、その特性から同一内容のコピーを作ることは非常に容易であり、むしろコンピユーター装置はコピー作成を当然のこととしているといつてよい。費用と所要時間の点からみても、プリントアウト文書を作成する場合(本件の場合、プリントアウト文書作成の費用は、被告関西電力株式会社が自認するところによれば、約一〇万円程度)よりも、コピー作成の場合の方がより少ない費用、時間ですむのである。

四、以上のように、本件磁気テープ等の謄写を許してはならない理由は全くない。

被告にも何らの不利益も存在しない。

そうとすれば、従前文書提出命令等により裁判所に提出された文書等についても民訴法一五一条三項の「訴訟記録」として謄写を許してきた取扱いを本件において拒否すべき理由は全く存在しない。この点において原決定は民訴法一五一条三項の解釈を誤つたものといわざるを得ない。

五、磁気テープはきわめて有用なものである。その第一は膨大な量の情報をきわめてコンパクトな形で保存できる点であり、第二はそれに収められたデータの検索、利用が至便であるという点である。

本件データの例でいえば、特定の日の特定の時間の二酸化いおう濃度を個々にとり出すことができることはもとより、各日毎の平均値でも、あるいは一定期間の各曜日毎の平均値でもこれに沿つたプログラムを作成することにより自由自在にとり出すことができるのである。

本件の磁気テープにおさめられている大量のデータは、右のような多方面からの検討を要するものであり、コンピユーターでなければ到底なし得るところではない。まさしくそうであるからこそ被告も磁気テープに収録したのである。

原裁判所は、あるいはプリントアウト文書に対する謄写請求ならこれを許してもよいと考えているのかも知れないが、仮りにそのような謄写をしてみても、原告らとしては再びこれを莫大な手数と費用をかけて磁気テープに収録しなおし、元のテープのコピーと同じものをつくるという無駄なことをしなければならないのである。本件における磁気テープの取扱いは、おそらく今後続発するであろう磁気テープをめぐる同種の事案にとつて重要な先例となるであろう。

大量の情報処理について磁気テープ、コンピユーターが重要な役割を果している現代社会において、裁判所において磁気テープについて原決定のような不合理な取り扱いが行われるなら、それは社会の進歩に目をつぶることにほかならず、裁判所の紛争解決機能に悪影響をおよぼすおそれさえあると思われる。

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